アンマンについて
ヨルダン・ハシミテ王国の首都アンマン(Amman)。古代ローマ時代にはフィラデルフィアと呼ばれ繁栄していましたが、その後度重なる地震と戦乱によって衰退し廃墟となりました。
20世紀はじめに一寒村から発達。その後、パレスチナ戦争後急激に規模を拡大しました。現在はおよそ120万人の人口をかかえるヨルダンの政治・経済・交通の中心地です。
アンマンの写真
【観光客にとって魅力に富んだ町、アンマン】
アンマンの町をぐるりと見下ろす小高い丘、ジャバル・エル・カラ(Jabal Al-Qala'a)からの眺めです。この場所はアンマンの町を眺めるのに最高の場所です。クリーム色の壁に四角い家、四角い窓が整然と並ぶ様子は実に印象的でした。
【巨大なヨルダンの国旗】
丘を登る途中、ひときわ目を引くのがヨルダンの巨大な国旗です。アンマンの町の様々な場所からも見えます。この国旗の大きさは縦30mx横60m、旗を掲げる棒の高さは126.8mあります。ちなみにギネスブックに載っている世界一大きな国旗はブラジルにある70mx100mの国旗、高さでは北朝鮮にある160mの国旗掲揚台です。
【丘の頂上に残るモスク】
ジャバル・エル・カラには、アンマン城跡やウマイヤ朝時代の宮殿跡、モスク、ローマ時代のヘラクレス神殿跡、ビザンチン時代の教会跡、そしてヨルダン国立考古学博物館と、たくさんの見所があります。
【アンマンの守り神テュケ(国立考古学博物館)】
アンマンのお勧めスポット
国立考古学博物館は、歴史的に貴重な資料を数多く展示している博物館です。旧約聖書の写本の断片である死海文書や世界最古の人形(ひとがた)であるアイン・ガザルの双頭の胸像、新石器時代の頭蓋骨や土器、彫刻などが展示され、考古学・遺跡ファンなら見逃せない場所です。
上の写真は1957年に博物館の敷地内で発見されたアンマンの守り神、運命の女神テュケ(TYCHE)です。ローマ時代につくられた大理石の彫刻で、頭にはアンマンの町を乗せています。
【ヘラクレス神殿跡】
ローマ皇帝マルクス・アウレリウス(A.D.121~180)の統治時代に建設されたヘラクレス神殿跡です。神殿はその名のとおりヘラクレスの像(高さ9m以上)が内部に置かれていました。この神殿跡のそばにある国立考古学博物館の正面階段を上がったところには、ヘラクレス像の巨大な指が展示されています。
【ヨルダン国内最大のローマ劇場】
アンマンでもっとも魅力的な遺跡は、2世紀にローマ皇帝アントニウス・ピウスによって建てられた円形劇場です。丘の斜面につくられた劇場は約6,000人が収容可能、現在も野外での祭りやコンサートに使われています。
【色とりどりのサンドボトル】
劇場前は広場(ローマ時代のフォルム)になっています。サンドボトルやアクセサリーなどを売る土産物屋やカフェが並び、いつもにぎやかです。
【ベドゥインの生活(フォルクローレ博物館)】
ローマ劇場の両脇には2つの博物館があります。広場から劇場に向かって右側にはフォルクローレ博物館、左側にはヨルダン伝統文化博物館があります。
フォルクローレ博物館では、ベドゥインの住居や人形、様々な日常品が展示されています。砂漠の民ベドゥインの伝統的な生活に興味がある人におすすめの博物館です。
また、モザイク画に興味のある方はヨルダン伝統文化博物館をおすすめします。ヨルダン伝統文化博物館には、アンマンの南30kmのところにあるマダバから運ばれた貴重なモザイク、ビサンチン時代の教会から出土したモザイクのコレクションが展示してあります。
(次ページ、ヨルダン屈指の観光名所、死海で浮遊体験に続く)
アンマンのご案内
名称 | アンマン市内観光 - ヨルダンの旅 |
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場所(所在地) | アンマン 地図で確認 |
国名(地域名) | ヨルダン |
備考 |
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