西来院について
静岡県浜松市の中区にある西来院(せいらいいん)は、高松山(こうしょうざん)と号する曹洞宗の寺院です。正長元年(1428)、寒厳(かんがん)十三派のうちの月窓派(げっそうは)の拠点として、月窓義運禅師(げっそうぎうんぜんじ)によってに開創されました。本尊は釈迦牟尼仏。
墓苑には徳川家康の正室・築山御前の廟堂(月窟廟)をはじめ、家康の異父弟・松平源三郎康俊、江戸時代の浜松女流歌人・杉浦真崎、森繁子などの墓があります。
西来院の写真
【西来院】
西来院を見学
徳川家康の正室、築山殿(瀬名姫)の廟所がある寺として有名な西来院です。西来院の本堂は戦災で焼け落ちたため、現在は鉄筋造りの近代建築です。
【築山御前(瀬名姫)の廟堂、月窟廟】
築山御前の廟堂、月窟廟
築山御前は天正7年(1579)、佐鳴湖岸の小藪(太刀洗の池)において、家康の家臣の手にかかり悲劇的な最後をとげました。築山御前の廟堂・月窟廟(げっくつびょう、がっくつびょう)は一時戦災のため焼失しましたが、昭和53年の400年忌に復元されました。
【築山御前の墓石】
築山御前について
戦国乱世の悲劇の女性・築山御前(つきやまごぜん)は、今川氏の重臣・関口親永(ちかなが)の娘です。母は今川義元の妹なので、義元の姪にあたります。静岡が出身地だったので「お瀬名(せな)の方」「瀬名姫」と呼ばれました。
松平元信(後の徳川家康)が今川氏の人質時代に嫁ぎ、長男信康、長女亀姫を生みました。家康が名実共に岡崎城主となると、城内の築山御殿に住むようになった事から「築山御前」「築山殿」と呼ばれるようになりました。
天正7年(1579)、岡崎から浜松に向かう途中、甲斐の武田勝頼に内通した疑いで家臣によって殺害。築山御前、38歳の生涯でした。
【六地蔵尊の地蔵堂】
浜松最大最古の六地蔵尊
参道にある六地蔵尊です。この六地蔵尊は約300年前に建立され浜松最大最古といわれています。日本では地蔵菩薩の像を6体並べて祀る六地蔵像が各地で見られます。これは、仏教の六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)において、それぞれ6種の地蔵が衆生を救うとする説から生まれたものです。
【西来院の藤】
西来院の長藤
樹齢200年以上はあろうかと思われる長藤です。大正中期に「藤番付」を編んだ大蕪庵十湖翁は、東の横綱に池田行興寺の藤を、西の横綱に西来院の藤を挙げました。
藤棚の中央には「咲きながら のびすすむなり 藤の花」と詠まれた松島十湖翁の句碑があります。藤の開花は例年4月下旬から5月上旬。気象条件にもよりますが、4月29日を中心とした前後3、4日間が見頃です。
西来院のご案内
名称 | 西来院(せいらいいん) |
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場所(住所) | 静岡県浜松市中区広沢2丁目10-1 地図で確認 |
拝観 | 境内自由 |
交通アクセス | 【バス】JR浜松駅から遠鉄バス「舘山寺温泉」行き「鹿谷町南」バス停下車、徒歩15分。 |
駐車場 | |
電話番号 | 053-452-7584 |
備考 |
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