三方ヶ原の戦いについて

三方ヶ原の戦い(みかたがはらのたたかい)とは、元亀3年(1572)12月22日、三方ヶ原(現在の静岡県浜松市北方、天竜川と浜名湖との中間)で起こった武田信玄と徳川家康との戦いです。
上洛を企てた信玄は遠江(とおとうみ)に侵入、そして堅固な浜松城を攻めずに徳川軍を三方ヶ原に誘い出して戦いました。その結果、信玄は大勝利をおさめ、家康は浜松城に敗走しました。三方ヶ原の戦いは、家康の生涯を通して唯一と言われる負け戦です。
犀ヶ崖資料館の写真

【犀ヶ崖資料館(宗円堂)】
三方ヶ原犀ヶ崖古戦場
布橋一丁目の国道257号線沿いに、三方ヶ原犀ヶ崖古戦場の史跡碑と宗円堂があります。宗円堂は三方ヶ原の戦いにおいて両軍の死者を祀るために建てられたお堂です。現在は犀ヶ崖資料館となって、その戦死者を供養するために始まったといわれる遠州大念仏や、三方ヶ原の戦いに関する資料が展示されています。

【三方ヶ原犀ヶ崖古戦場の碑】

【本多肥後守忠真の碑】

【夏目次郎左衛門吉信の碑】

【ねずみ小僧次郎吉の墓(右から3番目)】
ねずみ小僧の墓
犀ヶ崖資料館の敷地にねずみ小僧次郎吉の墓があります。ねずみ小僧の墓は東京都両国にある回向院が有名ですが、実は日本各地にあります。

【史跡 犀ヶ崖】
犀ヶ崖の戦いと布橋伝説
元亀3年、徳川家康は三方ヶ原において武田信玄に一戦を挑みました。しかし大敗し、命からがら浜松城に逃げ込みました。その夜、家康は一矢を報いようと犀ヶ崖(さいががけ)付近で夜営をする武田軍を急襲しました。

【犀ヶ崖を見下ろす】
犀ヶ崖について
当時の犀ヶ崖は、東西約2km、幅50m、深さ40mに及ぶ切り立った断崖絶壁でした。地理を誤った武田軍は、この崖に落ちて多くの人馬を失ったと伝えられます。
「崖に布を張り、橋と見せかけて武田軍をこの谷に落とした」という伝説もあります。当日は雪の降る日だったらしく、まるで白い布を架けたように見えたのでしょうか。なお、布橋一丁目の「布橋」という町名は、この伝承にちなんだ地名です。
犀ヶ崖資料館のご案内
名称 | 犀ヶ崖資料館(さいががけしりょうかん) |
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場所(住所) | 浜松市中区鹿谷町25-10 地図で確認 |
開館時間 | 午前9時から午後5時まで |
休館日 | 月曜日、国民の祝日の翌日、年末年始(12月29日~1月3日) |
観覧料 | 無料 |
交通アクセス | 【バス】JR浜松駅から遠鉄バス「舘山寺」行、「浜松北高」下車。または「奥山・気賀」「和合・高丘」行、「浜松北高」「さいが崖」下車。 |
駐車場 | 駐車場あり |
駐車場料金 | 無料 |
電話番号 | 053-472-8383 |
備考 |
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